翻訳家、最所篤子さんからお送りいただいたブルハン・ソンメズの小説『イスタンブル、イスタンブル』を読み終えた。
小学館『イスタンブル、イスタンブル』 著/ブルハン・ソンメズ 訳/最所篤子

舞台は幅1メートル、奥行き2メートルの地下牢獄。
語り手となる囚人は、学生のデミルタイとドクター、床屋のカモ、そして大柄な老人キュヘイランの四人。過酷な拷問を受ける彼らは冷え切った牢で互いの体を重ねて暖をとり、空想の茶をたてて飲み回し、タバコを喫う真似をし、イスタンブルの街を歩く楽しみや料理の想像に舌鼓を打つ想像や艶話に、腹を抱え声を殺して笑い合う。
拷問される彼らの間には取り決めがあった。誰かが拷問に屈した時のために決して自分の秘密を明かしてはならない。血の温もりを交換する相手の過去には耳を塞ぐのだ。
四人の登場人物は章ごとに語り手として拷問に至った彼らの過去を思い返しながら、拷問を待つ日を送る。痛みを待ち、尊厳を失っていく日を送る話だが、これが実に面白い。
デミルタイの話す小話には思わず吹き出してしまうオチがあるし、「ごうつくばりの金貸し」並みの記憶力を持つ床屋のカモはドストエフスキーを縦横に引用し、他の囚人がイスタンブルを舞台に改変した話のネタもとを鋭くユーモラスに指摘してみせる。他者を思いやるドクターのあり方にはどんな状況に陥っても頼れる人がいるという安心を感じさせてくれる。そして全てをイスタンブルに結びつける老キュヘイランのクネクネと折れ曲がる思考は、いつの間にか牢獄に囚われた精神を高みへと引き上げてくれるのだ。
著者はクルド系トルコ人。1980年台の軍事クーデターの最中に法律を学び、人権派弁護士として活動してきたが、警察に襲撃されて瀕死の重傷を負ったという。本書『イスタンブル、イスタンブル』の生々しい牢獄と拷問、そして囚人同士のやり取りには彼が目にしてきたものも描かれているのだろう。翻訳は最所篤子。素晴らしい作品を日本に持ち込んでくれたことに感謝いたします。
あまりに引き込まれたので、久しぶりに絵を描いてみました。