短編「月の高さ」

小説現代 2021年1月号で始まったシリーズ「旅」企画に、短編「月の高さ」を寄稿しました。コロナ禍で移動をためらいがちなこの時ですから旅について書くのも、考えるのも、読むのも、いつもとは違う感じがするはず。

作品の舞台は2019年の東北自動車道。登場人物は、50歳に手が届きこうかというベテランの舞台美術スタッフ與江(あたえ)と、プロジェクションマッピングを使った舞台美術で注目されはじめた劇団の舞台美術チーフ、熱田。物語は旅公演の舞台装置を東京から青森に運ぶ長距離トラックに乗った、與江と熱田の会話を中心に進みます。

バブルの残り香がまだ漂っていた1990年代の前半に舞台の道に入った與江は、平成不況の只中に舞台の道を歩もうとする熱田の境遇を危ぶみながら、彼女の仕事を尊敬します。

実は(と言わなくてもわかるかもしれませんが)私が歩み損ねた道を歩んでいる分身です。いくつかのプロフィールには書いていますが、私は大学で舞台美術に出会い、同世代の仲間たちとユニットを組んで、大学を中退するほど熱中していた時期があります。

私はある仕事の現場を途中で放り出して、そのまま舞台から離れてしまったのですが、もしもあの時舞台から離れなければ、與江のように歳を重ねていた気がします。

そんなことを考えながら仕上げた「月の高さ」は、テーマを与えてくださった企画担当者と、担当編集者、そして校閲の皆さんのおかげでよい作品に仕上がりました。素敵な装画は山口洋佑さま。ありがとうございます。

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