U-NEXTで独占配信していたポストパンデミックフィクションの2作目『距離の嘘』が、Amazon KindleとApple Booksからも配信され始めました。

2038年、感染症対策データ分析官で中国系日本人の吴 隆生(ウー・タカオ)は中央アジアのカザフスタン共和国を訪れた……
本作の目標はコロナ禍が収束した後の世界を克明に描くことでした――大事なことなので強調しておきましょう。正確に、ではなく、克明に、です。SFは未来予測のための道具ではありません――。私はこの後の世界の姿について、互いに矛盾するいくつもの予想を立てていますが、本作で(そして先行した「滝を流れゆく」でも)中心となった考え方は、これから私たちは、感染症を無視できなくなるだろう、というものです。 そして好きか嫌いかはともかくとして、ワクチンの開発を待たなくても実行できる防疫対策の中で最良のものは、家に留まることだということも学びました。
ここから私は、いくらか想像を広げました。私たちは今後、より深く、より正確に感染症について知ることになるでしょう。そうなれば、精密な防疫もできるようになるんじゃないだろうか。たとえば潜伏期間が二日程度の感染症なら、五日間の外出禁止で沈静化することだって起こりうるわけです。ひょっとしたら外出禁止ではなくて、いくつかの道の通行止めや、通勤電車のダイヤを修正するだけで済むこともあるのかもしれない。そんな防疫の道具はコンピューターになるだろう――というものです。そんな想像をもとに、主人公の職業を、行動分析のモデラーということにしました。
もちろん、十年ほどとはいえ未来の社会を描くのですから、社会の他の部分も進んでいることでしょう。私は「滝を流れゆく」でも登場させた抗体タトゥーや、検疫空港ホテルのスタッフがエレガントなエクソスケルトンを着て応対する様子、そして銃弾を叩き落とす防空システムなども描きました。
いうまでもないことですが、ただ未来の社会を描写しただけでは物語になりません。読者の目を運ぶ主人公が、派遣された難民キャンプで何を成し遂げるのか。誰に、あるいはどんな制度や街に共感し、何を嫌うのか、その主人公の情動が読者の皆さんと共感したり反発したりしながら、視界を広げていただければ幸いです。