「どこから来たの?」開始

2023年の3月14日から、西日本新聞でエッセイの短期連載を始めました。予定回数は50回なので、5月の中旬ごろまで続く予定です。

文字数は16文字50行で原稿用紙にすると二枚より少し多い程度。紙面ではイラストレーションを挟んで二段で組まれています。この短いエッセイで、故郷のことや育児、コンピューターなど、思いついたことを少しずつ紹介してこうと思っています。

川を流れていくような題字とあちらこちらと飛ぶ話題を的確に捉えてくださっている週替わりのイラストレーションはおおがまめおさん。

エッセイのタイトル「どこから来たの?」は、ポール・ゴーギャンの油絵「我々はどこから来たのか? 我々は何者か? 我々はどこへ行くのか?」からタイトルをいただいています。私にとってのSFはこれらの問いに向き合う行為なのですが、さすがに全文は長すぎるので冒頭の問いだけを抜き出しました。

普段はフィクションでこの問いに向き合おうとしているのですが、今回は「私」を題材にやってみようと思います。

連載は西日本新聞のウェブサイトの「どこから来たの?」コーナーにも掲載されています。

短編「木星風邪」を『ポストコロナのSF』に寄稿しました

ポストパンデミックSF短編「木星風邪(ジョヴィアンフルゥ)」を、4月15日に早川書房から発売されるアンソロジー『ポストコロナのSF』に寄稿しました。

ポストコロナのSF: 早川書房

舞台は様々なインプラントの助けで太陽系全域に生活圏を広げた23世紀の木星。
月面都市で生まれ、木星大気に浮かぶ鉱山都市に生活の場を移した春馬(ハルマ)は、通勤に向かうトラムの停車場で、女性が倒れるところに遭遇する。インプラントのメモリ管理を行なっていたプログラムが変異して生まれたコンピューターウイルスが、全身のインプラントを侵し、ショック症状に陥ったためだ。宿主になった人間が体を折り、くずおれる瞬間、GCE-73と名付けられたそのプログラムは、近接無線ネットワークに乗って周囲に拡散する。
まるで感染症のように振る舞うこの異変を「木星風邪」と呼ぶ者がいた……

という、30枚ほどの短い作品です。書店で見かけたら、是非とも手に取ってください。

林譲治さんが日本SF作家クラブの会長を務めていた昨年の夏に持ち込んだ企画なのですが、アンソロジーとしても魅力的で、巻頭言は現会長の池澤春菜さん、巻末のエッセイは日本SF作家クラブの法人化に尽力し、林会長を補佐した鬼嶋清美前事務局長。作品と作家を紹介するのは先日会員になった宮本道人さん。寄稿作家は以下の19人70作あまり(北野勇作さんの「不要不急の断片」はマイクロSF集です)。クラブの編集とはいえ、会員でない作家の皆さんも大勢いらっしゃいます。

小川哲「黄金の書物」/伊野隆之「オネストマスク」/高山羽根子「透明な街のゲーム」/柴田勝家「オンライン福男」/若木未生「熱夏にもわたしたちは」/柞刈湯葉「献身者たち」/林譲治「仮面葬」/菅浩江「砂場」/津久井五月「粘膜の接触について」/立原透耶「書物は歌う」/飛浩隆「空の幽契」/津原泰水「カタル、ハナル、キユ」/藤井太洋「木星風邪(ジョヴィアンフルゥ)」/長谷敏司「愛しのダイアナ」/天沢時生「ドストピア」/吉上亮「後香(レトロネイザル) Retronasal scape」./小川一水「受け継ぐちから」/樋口恭介「愛の夢」/北野勇作「不要不急の断片」

「ポストコロナのSF」 Amazon.co.jp商品ページより

もう少し落ち着いた頃に出ると思っていたのですが、まさか緊急事態宣言に匹敵するような状況になっているとは……。

パンデミックを直接扱う小説を書くのは「木星風邪」で三本目になります。今回の作品は、COVID-19を扱った過去の二作品から大きく趣を変えて、ウイルスそのものに注目してみました。どうぞお楽しみください。

世界SF作家会議

フジテレビで26日深夜(26:05〜)から放送される「第2回 世界SF作家会議 “人類は〇〇で滅亡する”」に出演します。

フジテレビ公式サイト第2回 世界SF作家会議

今回のテーマは「人類滅亡」。SFでは手垢がついたと言われかねないテーマですが、新井素子さん、高山羽根子さん、小川哲さん、そして劉慈欣とケン・リュウ、キム・チョヨプが揃ってつまらなくなるわけもありません。トークとそれぞれの作家がみせてくれる思索の意外さ、強さ、深さを思う存分お楽しみください。

イラストレーションは森泉岳土さん、声の出演がやくしまるえつこさんと髙城晶平さん(どこで出てくるんだろう。これも楽しみ)。漫画が宮崎夏次系さん、サウンドは牛尾憲輔(agraph)さん。豪華なスタッフがどんなふうに番組を作り上げていったのかも楽しみです……と思っていたら、もうYouTubeに番組がアップロードされていました。

どうぞご覧ください。

前回の放送は、第一回目の緊急事態宣言が終わる頃に収録して、7月に放映されています。命や健康を損なう方もいる中で新型コロナウイルスと、それに連なる社会の問題ついてフィクション作家が語るのはなかなかに危ういのですが、大森望さんと、いとうせいこうさんの適切なナビゲーションのおかげで、それぞれの作家の持ち味を出すことができていたかと思います。ライブで(久しぶりに!)話すことのできた新井素子さん、冲方丁さん、小川哲さんたちとのトークはとても刺激的でした。YouTubeの8.8チャンネルで配信しているアーカイブでもご覧いただけます。

短編「月の高さ」

小説現代 2021年1月号で始まったシリーズ「旅」企画に、短編「月の高さ」を寄稿しました。コロナ禍で移動をためらいがちなこの時ですから旅について書くのも、考えるのも、読むのも、いつもとは違う感じがするはず。

作品の舞台は2019年の東北自動車道。登場人物は、50歳に手が届きこうかというベテランの舞台美術スタッフ與江(あたえ)と、プロジェクションマッピングを使った舞台美術で注目されはじめた劇団の舞台美術チーフ、熱田。物語は旅公演の舞台装置を東京から青森に運ぶ長距離トラックに乗った、與江と熱田の会話を中心に進みます。

バブルの残り香がまだ漂っていた1990年代の前半に舞台の道に入った與江は、平成不況の只中に舞台の道を歩もうとする熱田の境遇を危ぶみながら、彼女の仕事を尊敬します。

実は(と言わなくてもわかるかもしれませんが)私が歩み損ねた道を歩んでいる分身です。いくつかのプロフィールには書いていますが、私は大学で舞台美術に出会い、同世代の仲間たちとユニットを組んで、大学を中退するほど熱中していた時期があります。

私はある仕事の現場を途中で放り出して、そのまま舞台から離れてしまったのですが、もしもあの時舞台から離れなければ、與江のように歳を重ねていた気がします。

そんなことを考えながら仕上げた「月の高さ」は、テーマを与えてくださった企画担当者と、担当編集者、そして校閲の皆さんのおかげでよい作品に仕上がりました。素敵な装画は山口洋佑さま。ありがとうございます。

連載、オーグメンテッド・スカイ

文芸春秋社のデジタル誌、別冊文藝春秋の一月号に「オーギュメンテッド・スカイ」の第二話が掲載されました。

この作品は、私が十五歳の春から十八歳まで過ごした、鹿児島の進学校錦江湾高校の男子寮をモデルにしています。一年生、二年生、三年生が同じ部屋を使うその寮では、畳一畳分の2段ベッドが左右の壁に作り込まれた寝室と、廊下を挟んだ向かい側にある学習室のテーブルの上だけが、プライベートと呼べる場所でした。

部屋のミッションは三年生の受験を成功させること。そのために、一年生と二年生の生活は費やされます。身辺のことは自分でやるルールでしたが、公共スペースの清掃や配膳は二年生の監督で一年生が手を動かす、擬似軍隊です。寮は学校の敷地に隣接しています。ひとたび桜島が噴火すれば一年生たちは授業を中座して寮に走って戻り、ベランダに干してある上級生の洗濯物を部屋に入れなければなりません。上級生の衣類に火山灰をかけてしまおうものなら、風紀委員に呼び出されて説教されてしまう――そんな生活です。

1980年代ですら時代遅れだと言われていた、そんな寮にいたことを文藝春秋の編集者に話したところ、その場所をモデルにして一つ書けないか、と提案されました。
「面白くなりますか」
「絶対、面白くなります」
ということで、始まりました。

設定は2024年。ドローンを飛ばせば手が届きそうなほどの未来です。設定しました。学校の名前は鹿児島県立南郷高校。寮は蒼空寮。そこで集団生活を送る寮生たちは、受験と集団生活、そしてバーチャルリアリティコンベンション、略して「バーチャコン」に取り組んでいました。
蒼空寮は集団生活のメリットを生かした精密な立体モデルで全国大会優勝をはたしたこともある名門チームなのですが、この年は成績がふるいません。過去の栄光に寄りかかった構成が退屈だったのか、それとも周りの腕が上がったのか――寮が失意に包まれる中、主人公の二年生倉田マモルは、来年の次期寮長の指名を受けます……

Kindle Unlimitedでも読めるようですので、是非ともご覧ください。

祝、Future Science Fiction Digest Volume 9出版!

短編の英訳を収録していただいた Future Science Fiction Digest Volume 9 がついに出版されました。

東アジア特集となった今号は、中国のSFエージェント、未来事務管理局(Future Administration Affairs)がスポンサーに立ち、UFOパブリッシングでFuture SF Digestのデスクをつとめるアレックス・シュヴァーツマンとともに、豪華な執筆陣を揃え、すばらしいアンソロジーを作り上げることに成功しました。著者は 中国から吴関(Wu Guan) , 代達(Dai Da), 顧適(Gu Shi), 未馬(Wei Ma), アルゼンチンからは グスタヴォ・ボンドニ, 韓国からはキム・ボヨン、そして私です。カバーイラストはものくぼさん。

私が寄稿したのは、まだ日本で発表していない未来志向の短編「まるで渡り鳥のように」です。翻訳はエミリー・バリステさん。物語は、中国の春節帰省が宇宙旅行に革新的な役割を果たしていく、という話です。中国語版を未来事務管理局の春節企画「科幻春晩」に寄稿した作品です。

主人公の日本人の動物行動学者、ツカサが、春節のために帰省してしまったパートナーの中国人エンジニアを待ちながら、宇宙ステーションで研究を続けているところから物語は始まります。春節を終えて帰ってくる無数の宇宙機の輝きを見ながら、ツカサは呆れています――どうして中国人たちは、毎年故郷に帰るのだろう。その習慣をやめないと、木星どころか火星にも行けないってのに。このままじゃ低軌道から出ていけないじゃないか――ツカサは、太陽系を離れ、系外惑星で研究しないかというオファーに悩みます……。

宇宙開発、倫理の進化、ポストヒューマン、そして、ロマンスを詰め込んだお祭りのための短編です。日本での発表をお楽しみに。

二種のサイン

私は、アルファベットの筆記体と草書風の縦書きの二種類のサインを使っています。デビュー当初はアルファベットのサインしか使っていなかったのですが、『Hello, World!』の見返しに横長のスペースがなかったので、縦書きのサインも必要だよなと思ってデザインした次第。漢字のサインはアルファベットを使う言語圏で喜ばれるのでちょうど良かったわけなのだけど、最近は横書きのスペースがある時でも、縦のサインを使うことが増えてきました。

autograph
Gene Mapper -full build-に書いた横書きのサインと、Hello, World!に書いた縦書きのサイン

どちらも「筆記体」なのですが、縦書きの方は悩まされました。藤の草かんむりからして、左手で書きやすい形が見つからない。中国のサイトも検索して、データベースをひっくり返したりして、部首ごとに書きやすそうな方法を探して、組み合わせたのが今使っている「藤」の字です。

藤草书书法字典

「井」もちょっとだけ書き順を崩して一筆で書いています。入筆が右上から、というあたりが左利き。縦の棒は「井」と「洋」で共用しています。同じ考え方で「太」も一筆で書いています。こちらは「L」の筆記体に近い形になっています。

この一年は、新刊が文庫だけだったということもあり、書籍にサインをすることほとんどなく、最後に読者の前で本にサインを書いたのは、二月の長谷川愛さんとのイベントでした。オンラインのイベントにはいくつも参加しているのですが、サインテーブルは置けませんからね。

『距離の嘘』について

U-NEXTで独占配信していたポストパンデミックフィクションの2作目『距離の嘘』が、Amazon KindleとApple Booksからも配信され始めました。

2038年、感染症対策データ分析官で中国系日本人の吴 隆生(ウー・タカオ)は中央アジアのカザフスタン共和国を訪れた……

本作の目標はコロナ禍が収束した後の世界を克明に描くことでした――大事なことなので強調しておきましょう。正確に、ではなく、克明に、です。SFは未来予測のための道具ではありません――。私はこの後の世界の姿について、互いに矛盾するいくつもの予想を立てていますが、本作で(そして先行した「滝を流れゆく」でも)中心となった考え方は、これから私たちは、感染症を無視できなくなるだろう、というものです。 そして好きか嫌いかはともかくとして、ワクチンの開発を待たなくても実行できる防疫対策の中で最良のものは、家に留まることだということも学びました。

ここから私は、いくらか想像を広げました。私たちは今後、より深く、より正確に感染症について知ることになるでしょう。そうなれば、精密な防疫もできるようになるんじゃないだろうか。たとえば潜伏期間が二日程度の感染症なら、五日間の外出禁止で沈静化することだって起こりうるわけです。ひょっとしたら外出禁止ではなくて、いくつかの道の通行止めや、通勤電車のダイヤを修正するだけで済むこともあるのかもしれない。そんな防疫の道具はコンピューターになるだろう――というものです。そんな想像をもとに、主人公の職業を、行動分析のモデラーということにしました。

もちろん、十年ほどとはいえ未来の社会を描くのですから、社会の他の部分も進んでいることでしょう。私は「滝を流れゆく」でも登場させた抗体タトゥーや、検疫空港ホテルのスタッフがエレガントなエクソスケルトンを着て応対する様子、そして銃弾を叩き落とす防空システムなども描きました。

いうまでもないことですが、ただ未来の社会を描写しただけでは物語になりません。読者の目を運ぶ主人公が、派遣された難民キャンプで何を成し遂げるのか。誰に、あるいはどんな制度や街に共感し、何を嫌うのか、その主人公の情動が読者の皆さんと共感したり反発したりしながら、視界を広げていただければ幸いです。